大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)649号 判決

上告人

細井宏純

代理人

沢克己

ほか二名

被上告人

田辺伊株式会社

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人沢克己、同金谷康夫の上告理由について。

原審の確定する事実によれば、本件土地および地上建物は、もと訴外谷本の所有であつたところ、上告人は、昭和二七年一月一一日、谷本からこれを代金七五万円で買い受け、代金を完済してその所有権を取得したが、訴外山田の依頼により、上告人は、同人に信用を与えるため、本件土地および地上建物について(その所有権までも移転する意思があつたとは認められない。)、登記簿上の名義を山田名義とすることを承諾し、右物件について、昭和二九年二月二七日、谷本より直接山田宛に所有権移転登記がされ、さらに、昭和三二年一一月一三日受付をもつて、山田より上告人に対して代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記が経由された。一方、被上告人は、昭和三三年二月二〇日、債権担保のため山田との間で本件土地の所有権を譲り受ける旨の契約を締結し、本件土地について所有権移転登記を経由したが、被上告人は、その際右の経過については知らなかつた、というのである。

原審は、右事実を確定のうえ、右所有権移転請求権保全仮登記が、その登記原因を欠く仮登記であることは当事者間に争いがないから、右仮登記は無効のものというべきであるとする。そして、記録によれば、右仮登記の登記原因とされている上告人と訴外山田との間の代物弁済予約が存在しない事実については、当事者間に争いのないところであり、原審が登記原因を欠く仮登記であることは当事者間に争いがないとする趣旨は、右の趣旨においてこれを肯認することができる。

ところで、不動産の登記簿上の所有名義人は、真正の所有者に対して、その所有権の公示に協力すべき義務を有するから、真正の所有者は、登記簿上の所有名義人に対して、当該不動産所有権に基づく物上請求権の一態様として、所有権移転登記請求権を有することは勿論であり、本件仮登記経由当時、上告人は山田に対し、本件土地、建物について所有権移転登記請求権を有するものではあるが、右請求権は、上告人と山田との間における右不動産の物権変動に基づくものではない。従つて、このような場合には、山田の上告人に対する本件仮登記は、右の所有権移転登記請求権についての実体上の権利を保全するものとはいえないから、右実体上の権利をもつて登記原因たる権利とすることはできず、本件仮登記は、登記原因を欠く無効なものであると解すべきである。けだし、不動産登記法二条によれば所有権移転登記の仮登記が許されるのは、所有権移転の物権変動はすでに発生しているか、あるいは、物権変動はいまだ生じていなくても、当該物権変動が条件または期限にかかる等将来において確定的に生ずべき場合その他の場合であつて、現在もしくは将来の物権変動が前提となるものであるのにかかわらず、前掲説示のごとく、山田と上告人との間には右ごとき物権変動が存しないのであり、加えて本件のごとき仮登記の効力を肯定するときは、仮登記権利者は、民法九四条二項の規定にもかかわらず、仮登記後に所有権移転登記を受けた善意の第三者にも対応できることになり、右民法の条項との調和がとれなくなるであろう。

従つて、本件仮登記が無効であるとした原審の判断は結局正当であり、原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松本正雄 田中二郎 下村三郎 飯村義美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例